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クハ201-3(東ミツ6編成)【編成消滅】

【この編成は消滅しています】中央線各駅停車向け201系0番台の東ミツ6編成

編成番号変遷

  • 東ミツ6編成(1987年4月1日~1989年3月23日)

1988年12月5日時点の編成

1号車 クハ201-3 1981年9月3日新製(東急)
2号車 モハ201-4 1981年9月3日新製(東急)
3号車 モハ200-4 1981年9月3日新製(東急)
4号車 クハ200-3 1981年9月3日新製(東急)
5号車 クハ201-4 1981年9月3日新製(東急)
6号車 モハ201-5 1981年9月3日新製(東急)
7号車 モハ200-5 1981年9月3日新製(東急)
8号車 モハ201-6 1981年9月3日新製(東急)
9号車 モハ200-6 1981年9月3日新製(東急)
10号車 クハ200-4 1981年9月3日新製(東急)

編成の情報

この編成は、中央線快速電車向けの4両+6両分割編成として、1981年に三鷹電車区に配置された8編成の201系のうちの1本である。クハ201-3以下4連が付属編成、クハ201-4以下6連が基本編成である。1982年以降は三鷹電車区所属の201系を10両貫通編成化することになったため、クハ201-55以下10連の落成を待って中野電車区中央・総武線向けとして転属した。中央・総武緩行線では分割運用はないものの、中野電車区の検修設備の都合から10両貫通編成が配置できなかったため、4両+6両分割編成であるこの編成が、西カノ4編成として転属することになった。1986年3月3日ダイヤ改正で中野電車区が車両無配置化されたことに伴い、三鷹電車区に転属した。1988年12月5日に、東中野駅構内で先行列車に衝突する事故が発生して車両が大きく損傷したため、翌1989年に最後尾車両だった1号車のクハ201-3を除く9両が事故廃車となった。唯一生き残ったクハ201-3だけは引き続き三鷹電車区に所属し、他の編成の改造中の予備車などとして活用されたようだが、晩年は運用機会がなく、2005年に廃車となった。クハ201-3は、大宮総合車両センターで解体された唯一の201系量産車である。

編成の記録

  • 新製】1981年(昭和56年)8月27日:入籍。新製配置は三鷹電車区
  • 転属】1983年(昭和58年)3月2日:中野電車区に転属した。
  • 転属】1986年(昭和61年)3月3日:中野電車区の車両無配置化に伴い三鷹電車区に転属した。
  • 民営化】1987年(昭和62年)4月1日:日本国有鉄道分割民営化に伴い、東日本旅客鉄道(JR東日本)に継承される。
  • 廃車】1989年(平成元年)3月23日:モハ201/200-4・5、クハ201-4、クハ200-3が除籍。
  • 廃車】1989年(平成元年)7月25日:モハ201/200-6、クハ200-4が除籍。
  • 廃車】2005年(平成17年)12月22日:クハ201-3が除籍。

編集履歴(記事ID:0057)

  • 2020年4月15日:資料室掲載記事リニューアル作業実施

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