【この編成は消滅しています】中央線快速電車向け201系0番台貫通編成の八トタT133編成
編成番号変遷
- 東ムコH49編成(1987年4月1日~1996年)
- 東ムコH51編成(1996年~1997年)
- 東ムコH47編成(1997年~1998年3月31日)
- 八ムコH47編成(1998年4月1日~2004年3月12日)
- 八トタT34編成(2004年3月13日~2007年3月)
- 八トタT133編成(2007年3月~2007年11月29日)
2007年11月29日時点の編成
1号車 | クハ201-60 | 1983年1月7日新製(川重) |
2号車 | モハ201-139 | 1983年1月7日新製(川重) |
3号車 | モハ200-139 | 1983年1月7日新製(川重) |
4号車 | サハ201-67 | 1983年1月7日新製(川重) |
5号車 | モハ201-140 | 1983年1月7日新製(川重) |
6号車 | モハ200-140 | 1983年1月7日新製(川重) |
7号車 | サハ201-68 | 1983年1月7日新製(川重) |
8号車 | モハ201-141 | 1983年1月7日新製(川重) |
9号車 | モハ200-141 | 1983年1月7日新製(川重) |
10号車 | クハ200-60 | 1983年1月7日新製(川重) |
編成の情報
この編成は、三鷹電車区に所属していた201系を、4両+6両分割編成から10両貫通編成に入れ替えるため1982年から1983年にかけて三鷹電車区に配置された、8編成の201系のうちの1本である。この編成の落成に伴い、クハ201-7以下4連+クハ201-8以下6連が置き換えられた。1986年3月3日ダイヤ改正で三鷹電車区は中央緩行線の車両基地に変更されたため、武蔵小金井電車区に転属した。2004年3月13日ダイヤ改正で武蔵小金井電車区は車両無配置化されたため、豊田電車区に転属した。2007年にE233系0番台の八トタT35編成に置き換えられて廃車となった。なお、廃車直前にモハ201/200-141で車両故障があり、自力走行できなくなったため、廃車回送はこの2両を編成から抜いた8両編成で実施され、この2両は八トタ青70編成に組み込んだ上で別途配給輸送された(初期に廃車となった青編成は、パンタグラフの都合から自走とはせず、上越線経由で配給されていた)。
編成の記録
- 【新製】1983年(昭和58年)1月7日:入籍。新製配置は三鷹電車区。
- 【転属】1986年(昭和61年)3月3日:武蔵小金井電車区に転属した。
- 【民営化】1987年(昭和62年)4月1日:日本国有鉄道分割民営化に伴い、東日本旅客鉄道(JR東日本)に継承される。
- 【転属】2004年(平成16年)3月13日:武蔵小金井電車区の車両無配置化に伴い豊田電車区所属になる。
- 【配給】2007年(平成19年)11月21日~22日:モハ201/200-141のみ、豊田駅→北長野駅
- 【廃車】2007年(平成19年)11月22日:モハ201/200-141が除籍。
- 【所属変更】2007年(平成19年)11月25日:豊田電車区の改組に伴い豊田車両センター所属になる。
- 【廃車】2007年(平成19年)11月29日:モハ201/200-141を除く8両が除籍。
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- 2020年4月9日:資料室掲載記事リニューアル作業実施