【この編成は消滅しています】京葉線向け205系0番台110km/h運転非対応編成の千ケヨ25編成
編成番号変遷
- 東ヤテ2編成(1987年4月1日~2004年5月31日)
- 東トウ2編成(2004年6月1日~2005年9月14日)
- 千ケヨ25編成(2005年9月14日~2011年3月30日)
2011年3月30日時点の編成
10号車 | クハ205-2 | 1985年2月14日新製(日立) |
9号車 | モハ205-4 | 1985年2月14日新製(日立) |
8号車 | モハ204-4 | 1985年2月14日新製(日立) |
7号車 | サハ205-3 | 1985年2月14日新製(日立) |
6号車 | モハ205-5 | 1985年2月14日新製(日立) |
5号車 | モハ204-5 | 1985年2月14日新製(日立) |
4号車 | サハ205-4 | 1985年2月14日新製(日立) |
3号車 | モハ205-6 | 1985年2月14日新製(日立) |
2号車 | モハ204-6 | 1985年2月14日新製(日立) |
1号車 | クハ204-2 | 1985年2月14日新製(日立) |
編成の情報
南シナ2編成は、横浜線と武蔵野線の輸送力増強用として103系を両線へ転用するため山手線に導入された、205系量産先行車の4編成のうちの1本である。1991年に6扉車を10号車に組み込んで11両編成化が行われた。1993年1月から2月にかけて、7両編成に短縮した状態で一時的に蒲田電車区に貸し出され、「東カマ51編成」として横浜線で運用された。2005年に、E231系500番台の東トウ550編成に置き換えられて山手線から撤退し、6扉車を除いた10両編成を組成して京葉線に転用された。E233系5000番台の導入に伴って2011年に廃車となったが、10・3~1号車は富士急行に譲渡された。
編成の記録
- 【新製】1985年(昭和60年)2月14日:入籍。新製配置は品川電車区。
- 【所属変更】1985年(昭和60年)11月1日:品川電車区の改組に伴い山手電車区所属になる。
- 【民営化】1987年(昭和62年)4月1日:日本国有鉄道分割民営化に伴い、東日本旅客鉄道(JR東日本)に継承される。
- 【新製】1991年(平成3年)10月23日:サハ204-2が入籍。11両編成を組成。
- 【所属変更】2004年(平成16年)6月1日:山手電車区の改組に伴い東京総合車両センター所属になる。
- 【転出】2005年(平成17年)8月2日:サハ204-2が川越車両センターに転属。同センターの保留車になった。
- 【改造】2005年(平成17年)9月14日:転用改造工事竣工(東京総合車両センター)。10両編成で京葉車両センターに配属される。
- 【配給】2011年(平成23年)3月29日:新習志野駅→北長野駅
- 【廃車】2011年(平成23年)3月30日:10・7・3~1号車が除籍。
- 【廃車】2011年(平成23年)4月1日:9・8・6~4号車が除籍。
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過去の編成表
山手線時代(東トウ2編成)
11号車 | クハ205-2 | 1985年2月14日新製(日立) |
10号車 | サハ204-2 | 1991年10月23日新製(近車) |
9号車 | モハ205-4 | 1985年2月14日新製(日立) |
8号車 | モハ204-4 | 1985年2月14日新製(日立) |
7号車 | サハ205-3 | 1985年2月14日新製(日立) |
6号車 | モハ205-5 | 1985年2月14日新製(日立) |
5号車 | モハ204-5 | 1985年2月14日新製(日立) |
4号車 | サハ205-4 | 1985年2月14日新製(日立) |
3号車 | モハ205-6 | 1985年2月14日新製(日立) |
2号車 | モハ204-6 | 1985年2月14日新製(日立) |
1号車 | クハ204-2 | 1985年2月14日新製(日立) |
編集履歴(記事ID:0197)
- 2020年1月15日:資料室掲載記事リニューアル作業実施