【この編成は消滅しています】武蔵野線向け205系5000番台の千ケヨM10編成
編成番号変遷
- 東ヤテ50編成(1988年2月25日~2004年4月13日)
- 千ケヨE31編成(2004年4月13日~2004年10月15日)
- 千ケヨM10編成(2004年10月16日~2019年3月1日)
2019年3月1日時点の編成
1号車 | クハ205-50 | 1988年3月5日新製(川重) |
2号車 | モハ205-5019 | 1988年3月5日新製(川重) |
3号車 | モハ204-5019 | 1988年3月5日新製(川重) |
4号車 | サハ205-99 | 1988年3月5日新製(川重) |
5号車 | サハ205-100 | 1988年3月5日新製(川重) |
6号車 | モハ205-5020 | 1988年3月5日新製(川重) |
7号車 | モハ204-5020 | 1988年3月5日新製(川重) |
8号車 | クハ204-50 | 1988年3月5日新製(川重) |
編成の情報
東ヤテ50編成は、JR東日本が旧国鉄から継承した山手線向けの103系電車を置き換えるために導入した20編成のうちの1本である。1991年に6扉車を10号車に組み込んで11両編成化が行われた。2003年に、E231系500番台の東ヤテ526編成に置き換えられて山手線から撤退し、8両編成に短縮して武蔵野線に転用された。モハ204-5020は種車がMG(電動発電機)非搭載車であったため、補助電源装置としてSIV(静止型インバータ)を搭載している。この編成の転属に伴い、千ケヨE10編成が置き換えられた。209系500番台の千ケヨM84編成に置き換えられる形で2019年に廃車となったが、インドネシアのPT.Kereta Commuter INDONESIAに譲渡された。
編成の記録
- 【新製】1988年(昭和62年)3月5日:入籍。新製配置は山手電車区。
- 【新製】1991年(平成3年)12月6日:サハ204-50が入籍。11両編成を組成。
- 【転出】2004年(平成16年)1月15日:サハ204-50が川越電車区に転属。宮ハエ19編成の2号車に組み込まれた。
- 【改造】2004年(平成16年)4月13日:転用改造工事竣工(大井工場)。8両編成で京葉車両センターに配置される。
- 【転出】2004年(平成16年)4月29日:山手線時代に組み込まれていたモハ205/204-150(→5021)が京葉車両センターに転属。千ケヨE35編成の2・3号車に組み込まれた。
- 【配給】2019年(平成31年)3月1日:新習志野駅→新津駅
- 【廃車】2019年(平成31年)3月1日:除籍。
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過去の編成表
山手線時代(東ヤテ50編成)
11号車 | クハ205-50 | 1988年3月5日新製(川重) |
10号車 | サハ204-50 | 1991年12月6日新製(近車) |
9号車 | モハ205-148 | 1988年3月5日新製(川重) |
8号車 | モハ204-148 | 1988年3月5日新製(川重) |
7号車 | サハ205-99 | 1988年3月5日新製(川重) |
6号車 | モハ205-149 | 1988年3月5日新製(川重) |
5号車 | モハ204-149 | 1988年3月5日新製(川重) |
4号車 | サハ205-100 | 1988年3月5日新製(川重) |
3号車 | モハ205-150 | 1988年3月5日新製(川重) |
2号車 | モハ204-150 | 1988年3月5日新製(川重) |
1号車 | クハ204-50 | 1988年3月5日新製(川重) |
編集履歴(記事ID:0299)
- 2020年2月17日:資料室掲載記事リニューアル作業実施