【この編成は消滅しています】武蔵野線向け205系5000番台の千ケヨM21編成
編成番号変遷
- 東ヤテ60編成(1988年6月20日~2004年5月31日)
- 東トウ60編成(2004年6月1日~2004年12月1日)
- 千ケヨM21編成(2004年12月1日~2020年2月12日)
2020年2月12日時点の編成
1号車 | クハ205-60 | 1988年6月20日新製(東急) |
2号車 | モハ205-5041 | 1988年6月20日新製(東急) |
3号車 | モハ204-5041 | 1988年6月20日新製(東急) |
4号車 | サハ205-119 | 1988年6月20日新製(東急) |
5号車 | サハ205-120 | 1988年6月20日新製(東急) |
6号車 | モハ205-5042 | 1988年6月20日新製(東急) |
7号車 | モハ204-5042 | 1988年6月20日新製(東急) |
8号車 | クハ204-60 | 1988年6月20日新製(東急) |
編成の情報
東ヤテ60編成は、JR東日本が旧国鉄から継承した山手線向けの103系電車を置き換えるために導入した20編成のうちの1本である。山手線向け205系電車のラストナンバー編成である。1991年に6扉車を10号車に組み込んで11両編成化が行われた。2004年に、E231系500番台の東トウ538編成に置き換えられて山手線から撤退し、8両編成に短縮して武蔵野線に転用された。モハ204-5042は種車がMG(電動発電機)非搭載車であったため、補助電源装置としてSIV(静止型インバータ)を搭載している。この編成の転属に伴い、千ケヨE10編成が置き換えられた。E231系0番台の千ケヨMU10編成に置き換えられる形で2020年に廃車となったが、インドネシアのPT.Kereta Commuter INDONESIAに譲渡された。
編成の記録
- 【新製】1988年(昭和62年)6月20日:入籍。新製配置は山手電車区。
- 【組換】1991年(平成3年)12月XX日:サハ204-902を組み込んで11両編成を組成。
- 【組換】1993年(平成5年)XX月XX日:サハ204-902を東ヤテ49編成のサハ204-49と交換した。
- 【所属変更】2004年(平成16年)6月1日:山手電車区の改組に伴い東京総合車両センター所属になる。
- 【転出】2004年(平成16年)10月21日:サハ204-49が川越車両センターに転属。宮ハエ25編成の2号車に組み込まれた。
- 【転出】2004年(平成16年)10月26日:モハ205/204-180(→5040)が京葉車両センターに転属。千ケヨM20編成の6・7号車に組み込まれた。
- 【改造】2004年(平成16年)12月1日:転用改造工事竣工(大宮総合車両センター)。8両編成で京葉車両センターに配置される。
- 【配給】2020年(令和2年)2月12日:新習志野駅→蘇我駅
- 【廃車】2020年(令和2年)2月12日:除籍。
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過去の編成表
山手線時代(東ヤテ60編成)
11号車 | クハ205-60 | 1988年6月20日新製(東急) |
10号車 | サハ204-49 | 1991年12月6日新製(近車) |
9号車 | モハ205-178 | 1988年6月20日新製(東急) |
8号車 | モハ204-178 | 1988年6月20日新製(東急) |
7号車 | サハ205-119 | 1988年6月20日新製(東急) |
6号車 | モハ205-179 | 1988年6月20日新製(東急) |
5号車 | モハ204-179 | 1988年6月20日新製(東急) |
4号車 | サハ205-120 | 1988年6月20日新製(東急) |
3号車 | モハ205-180 | 1988年6月20日新製(東急) |
2号車 | モハ204-180 | 1988年6月20日新製(東急) |
1号車 | クハ204-60 | 1988年6月20日新製(東急) |
編集履歴(記事ID:0320)
- 2020年2月17日:資料室掲載記事リニューアル作業実施